――飲食業を志したきっかけを教えてください。
中学生の頃から、パン屋やラーメン屋など、飲食店をやってみたいという憧れがありました。岡山で生まれ育ちましたが、兄が福岡で働いていたこと、そして友人が多く進学する大阪ではなく、まったく知らない土地で自分を試したかったという思いから、福岡の調理師専門学校への進学を決めました。
――ナカムラを選んだ理由は?
すでに福岡で暮らしていた兄がまわりに聞いてくれて、「ナカムラがいいらしい」とアドバイスしてくれました。
――学生時代で印象に残っていることは?
「ビストロ炎」(現・ジョルジュマルソー)での研修です。本来は10日間の予定で、10日目に「今日で終わりか」と思った瞬間、涙が出そうになったんです。でもシェフから「2日間延長できるよね」と言われて(笑)、その涙もすぐに引っ込みました。厳しい環境でしたが、朝から晩まで一生懸命取り組んだ12日間で、料理の世界の厳しさと面白さの両方を体感できました。最終日にフルコースをごちそうしていただいたのですが、その料理は今でも鮮明に覚えています。
――卒業後のキャリアを教えてください。
在学中に、「ラ・ロシェル」の坂井宏行シェフが特別講師の授業に来てくださったことがきっかけで、福岡の「ラ・ロシェル」に就職しました。本当は厨房に入りたかったのですが、最初の1年間はホールで学ぶという方針があり、まずはサービスを担当することに。その間、厨房を外から眺めては「自分にはできないな」と感じていました。2年目も引き続きホールを担当していましたが、体調を崩してしまい、ドクターストップがかかって岡山に戻ることになりました。療養中に近所の「エスプリ珈琲店」で働き始めたのが、コーヒーとの出会いです。最初は「飲食業に役立てば」という思いでしたが、やってみると面白くて。これは自分にもできるかもしれないと思い、7年ほど修業しました。
――福岡での開業に至った経緯は?
岡山での独立も考えましたが、駐車場の確保などの課題があり、都市部の方がやりやすいと判断しました。兄も福岡にいましたし、人口の多い福岡で再挑戦しようと決めました。物件を決めたのは奇しくも2011年3月11日。震災を目の当たりにして、「しっかり造ろう」と耐震工事などを経て、翌2012年4月に『そふ珈琲』をオープンしました。
――『そふ珈琲』はどのようなお店ですか?
ネルドリップで淹れる自家焙煎のコーヒーと、妻の手づくりスイーツの組み合わせを楽しんでいただく店です。自家焙煎のお店でケーキまで手づくりしているところは、意外と少ないんです。ネル布は厚手のものを自作して、抽出の速度や濾過の加減を調整しています。しっかりとしたコクがありながら、口当たりは滑らかで、雑味がない味わいを目指しています。
――空間づくりについてもお聞かせください。
内装や家具は、椅子のコレクターとしても知られるインテリアデザイナーの永井敬二さんにお願いしました。最初は椅子だけのつもりで相談したのですが、「全部やってあげるよ」と言ってくださって。永井さんは、珈琲を飲みによく来てくださっていて、本当にお世話になりましたし、感謝しています。
――この仕事に対するこだわりや、意識していることはありますか?
仕込みや準備などを含めると、この仕事って本当に長時間なんです。でも、「仕事」だと思いすぎると辛くなるので、「好きなことをやらせてもらっている」と思うようにしています。たとえば、マラソンが好きな人は仕事終わりでも走れますが、嫌いな人にとっては苦痛ですよね。考え方ひとつで気持ちは変わると思っています。今の時代、スマホがあるのは当たり前かもしれませんが、自分たちが若い頃はありませんでした。だからこそ、何を当たり前とするか、どう捉えるかがすごく大事だと感じています。
――開業から現在までを振り返って、どんな思いがありますか?
長く続けてきてよかったと思えるのは、お客様との関係です。幼かったお子さんが大きくなって再訪してくれたり、常連さん同士が結婚されたり。飲食店って、人の人生の一場面に立ち会える素敵な仕事なんだなと実感しています。
――この先も大切にしていきたいことや、今後の展望があれば教えてください。
これからも、自分の好きなことを楽しんで続けていくというスタンスは変わらないと思います。飲食店は、ただモノを提供するだけではなく、お客様の人生のひとコマになれる仕事。そういう関わりを大切にしながら、長く続けていけたらと思っています。
——ありがとうございました。
今は「コスパ」や「タイパ」の時代かもしれませんが、人生は一度きり。大変なことも、後から振り返ればいい思い出になるものです。自分が好きなことを「楽しんでやる」ことを意識すれば、辛さは和らぎます。流行や常識に流されすぎず、自分らしい生き方を見つけてほしいですね。