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L'eau Blanche (ローブランシュ)

福岡の実力店がひしめく西中洲エリアに2016年4月にオープン。2017年にはフランスレストランウィークのフォーカスシェフに選定されるなど、国内外からも注目を集め、「ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎 2019 特別版」では1つ星を獲得した。

中央区 イタリアン・フレンチ

平均予算:15,000円〜

  • #フランス料理
  • #ミシュラン
  • #中州・西中洲
白水 鉄平

平成14(2002)年卒業/調理師科1年コース

白水 鉄平 氏シェフ

1982年生まれ、福岡県福岡市出身。物心ついた頃から「料理人になる」ことを決め、高校を卒業後、中村調理製菓専門学校へ。卒業後は「オテル・ドゥ・ミクニ」や「オーグードゥジュール」グループで研鑽を積み渡仏。帰国後は「オーグードゥジュール メルヴェイユ博多」のシェフを4年間務める。2016年4月、『ローブランシュ』をオープン。

 

——白水さんが料理人を志したきっかけを教えてください。
物心ついた頃から料理人になる!と思っていて、小学校3、4年生の頃の文集にはすでに「料理人になる」と書いていました。もともと料理をすることが好きで、子どもの頃からよく料理をつくっていましたね。母から褒められたりするのも嬉しかったことを覚えています。
 
——ナカムラへ入学したのはなぜでしょう?
料理人になることは決めていたので、中学卒業後に料理の世界へ進もうと考えていました。母に相談すると「高校くらいは行っておきなさい」と言われて。高校へ行ったら行ったで彼女ができたりしますよね。彼女に喜んでほしいと、お弁当を作って行ったりもしていました。高校を卒業するにあたって、どのような道を辿れば料理人になれるかがわかっていないところもあったんですけど、担任の先生から調理師学校という道があるとアドバイスをいただきました。料理をちゃんと学びたいという想いもありましたし、専門学校を卒業すれば、一流のレストランに入りやすいと考え、九州ではトップクラスの実績や設備を誇るナカムラへ進学しました。
 
——学生時代の記憶に残っているエピソードはありますか?
入学してすぐの頃、希望の進路などを記入するシートを書くことになったんですけど、周りの同級生は「イタリアンに進みたい」「こんな分野の会社に入りたい」といったことを書いている中で、私は「料理の世界でビッグになりたい」と書いたんです。先生から「どういうことや?」と聞かれ、自分の想いを伝えたところ、「それだったら夏休みの校外実習は、日本でいちばん厳しいところへ行ってみろ」と、「オテル・ドゥ・ミクニ」を紹介されたんです。研修は厳しかったものの、プロの世界を初めて目の当たりにして、ワクワクする気持ちの方が大きかったですね。10日間の研修期間は、本来夕方5時までで終わるんですけど、物足りなくて自主的にディナーの時間帯やパティシエの部門なども見せていただき、多くのことを吸収させていただきました。
 
——そのことがきっかけで、卒業後は「オテル・ドゥ・ミクニ」へ行かれたんですね。
はい。研修でミクニの世界観に魅了され、「オテル・ドゥ・ミクニ」に就職しました。さまざまな店舗がある中で、私はどうしても三國シェフがいらっしゃる本店で学びたいと考えていたのですが、約20人の同期の中で2人しか入ることができないと聞いていました。入社式の日、私は頭を五厘刈りにし、いちばん前の真ん中の席に座り、とにかく目立とう、三國シェフの記憶に残ろうとしたところ、三國シェフの目に留まり、本店に入ることができました。「オテル・ドゥ・ミクニ」はとにかく厳しいところでしたが、できなかったことができるようになっていくことはとても嬉しかったですし、ジャガイモの皮剥きといった単純作業でも、一生懸命やっていると先輩から声がかかって新しいことにチャレンジさせてもらえるなど、日々の仕事の中で少しずつですがチャンスが生まれていきました。「オテル・ドゥ・ミクニ」では職人としての心構えや覚悟、料理との向き合い方を学ばせていただきました。技術的にはまだまだだったと思いますが、料理の一生の仕事としてやっていくことの厳しさを知ることができたと思います。
 
——その後は、どのようなキャリアを築いて来られたのでしょうか。
「オテル・ドゥ・ミクニ」に入って3年が経ち4年目になってくると、自分の仕事を早く終わらせて新しい仕事を覚えたいと思うようになっていきました。けれど、「まだ早い」と言われてしまって。そこで、週に一度の休日に、いろんなお店に研修に行くようになったんです。その1つが「オーグドゥジュール」でした。週に一度通っているうちに丸の内の松本シェフから「うちのグループで働いたら?」と声を掛けていただき、移ることを決めたんです。「オーグードゥジュール」に移って半年した頃。交通事故に遭ってしまい、背骨の圧迫骨折という大怪我をしてしまったんです。医師から「もう少しずれていたら下半身付随になっていたかもしれません」と言われ、ハッとしましたね。このまま身体が動かなくなってしまったらすごく後悔していただろうと考え、もっと覚悟を決めなければ!と自分を奮い立たせました。半年後に復帰し、さらに料理の世界に没頭しました。スーシェフになりしばらく経った頃、社長から「博多に店を出さないかという話がある。シェフとして行ってみないか?」という話をいただいたんです。もちろん、二つ返事で快諾しました。オープンまでしばらくあったので、10ヶ月ほどフランスへ。リムーザン地方のオーベルジュで経験を積み、帰国後、28歳で「オーグードゥジュール メルヴェイユ博多」のシェフに就任。シェフとしてさまざまなことを学び、4年後の2016年4月、『ローブランシュ』をオープンさせました。
 
——どのような想いで、日々、料理と向き合っていますか?
レストランという場所で、お客様に最大限に喜んでいただく、幸せになっていただく、元気になっていただく、という信念を持って日々の仕事に取り組んでいます。実は、最近になってようやく、フランス料理が楽しくなってきたんですよ。もちろん、これまでも楽しかったのですが、フランス料理に長く携わってきたからこそ、見える景色が広がってきました。フランス料理は奥深いですし、技術も知識もまだまだ吸収すべきことは、たくさんあります。一生かけても学びきれないでしょうけれど、フランス料理をやってきて本当によかったと、心から思えるようになりました。
 
——最後に今後の展望を教えてください。
レストランとしては、「居心地のよさ」と「エレガントさ」を追求していきたいと考えています。料理もですが、場の雰囲気も大切にしていきたいですね。一人でも多くの人々を幸せにできるよう、もっともっと頑張っていきます。一方で、海外に挑戦してみたいという想いもあります。といっても、ここに来てくださる海外のお客様を満足させていくのか、自分が海外に出ていくのか、具体的なものは全く考えていません。これまで通り、1日1日を一生懸命に積み重ねていけば、自ずと未来は拓けると信じています。
 
——ありがとうございました。

 

まっすぐ、夢に向かって頑張ってください!

 

 

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